心で読む読書
本を読むのではなく、
その人の自我と心を見る。
すると、
人生の軌道が見えてくる。
何を好き、何を嫌い、
何を経験し、何を学んだのか。
本の奥にいる、
一人の人間を見ていきます。
本の内容ではなく、
その人を見る。
このサイトで読むのは、本に書かれた主張や教訓だけではありません。
その人は、何に心を動かされたのか。何を嫌い、何を面白がったのか。何に傷つき、何を学んだのか。
文章の奥にいる、一人の人間を見ていきます。
心を見る
その人の変わりにくい、好き嫌いの方角を見る。
自我を見る
経験によって、判断や世界の見え方がどう育ったかを見る。
人生の軌道を見る
心と自我が、時代や環境と重なって生まれた人生を見る。
心と自我を、
分けて見る。
心
心とは、感情そのものではありません。
その人が何を本当に好きと感じ、何を嫌いと感じるのか。
何を本物だと感じ、何をくだらないと感じるのか。
その人の奥にある、最上位の判断基準としての好き嫌いです。
自我
自我とは、この世界で「この自分」として生きるために働く、経験を通して成長する判断システムです。
傷ついたこと。失敗したこと。守ったこと。挑戦したこと。
そのすべてを学習しながら、世界の見え方を変えていきます。
心が変わるのではなく、
自我の見え方が成長する。
自我は、
経験を通して育つ。
心のままに動く
不都合や傷つきを経験する
守り方や社会への適応を学ぶ
自分の判断基準を見られるようになる
心を、この世界で扱えるようになる
心を世界に現す器になる
一つひとつの経験によって、自我が育っていく過程を追います。
心と自我が、
時代と出会った時。
人の人生は、心や能力だけで決まるものではありません。
生まれた時代。育った環境。出会った人。社会の制度。その時代の空気。
その中を、一人の人間がどのような心と自我で生きたのか。それらが重なった時、その人だけの人生の軌道が生まれます。
偉人だから、その人生になったのではない。
その心と自我で、その時代を生きた結果として、その人生が生まれた。
福翁自伝を、
心で読む。
最初に読むのは、福澤諭吉の『福翁自伝』です。
後世から見た偉人としてではなく、その時その時を生きていた、一人の人間として読みます。
何を嫌い、何を面白がり、どの出来事から何を学び、自我の判断がどう変わっていったのか。完成した福澤諭吉から過去を逆算せず、一つひとつの場面から人生の軌道を追います。
本の中に見えたものを、
自分の人生へ戻す。
著者の心と自我を見ていると、やがて自分自身の反応も見えてきます。
なぜ、この言葉に傷つくのか。なぜ、同じ場面で立ち止まるのか。なぜ、この人に惹かれるのか。なぜ、この道を選んできたのか。
本の中の人生を読むことは、自分の人生の映画を見る稽古でもあります。
本を読むように、人を見る。
人を見るように、自分を見る。
自分を見るように、人生を見る。
この読書法を作っている人
田口公崇
整体師として身体に触れながら、人が何に反応し、何を守り、どのように変化していくのかを見てきました。多くの本を速く読むのではなく、一冊の中にいる一人の人間を、時間をかけて見ていく読書をしています。